考える労力と手間の天秤
仕事終わり、満員電車に揺られて帰路につく健二。
体は疲れているわけではないが、それ以上に(今日の夜ご飯どうしよう……) という思考が頭をよぎり億劫になる。
冷蔵庫を開けてもあるもので適当になりがちだし、スーパーに寄ってもピンとくるものがない。
結局いつもの安売り弁当や簡単な麺類で済ませてしまう日々。
凝ったものが作りたいわけではないけれど、この「考えるのが面倒くさい」という状態が、日々の生活を少し味気なくさせている気がしていた。
GURI COFFEEの誘惑と、こぼれた本音
いつもの帰り道にあるGURI COFFEEの前を通りかかる。
温かい光とコーヒーの良い香りに引き寄せられ、今日の夕食を考えることから少しだけ逃避したいと思い、ふらりと店内へ。
カウンター席に座り、定番のGURI BELND-きざし-を注文。
マスターが淹れる様子を眺めていると、心が落ち着いてくる。
コーヒーを待つ間、健二の様子を見て、マスターから声をかけられた。
「山本さん、今日はなんだか考え事をされていますね?」
健二は苦笑しながら、頷く。
「いや、大したことじゃないんですけど…今日の晩御飯、何にしようかなって考えてたら、また何も思いつかなくて」と、献立決めの億劫さを話す。
美味しいものを食べたい気持ちはあるけれど、考えなければならない労力が勝ってしまうという、小さな葛藤を語る。
香りが誘う、思考の「余白」
マスターは健二の話を聞いて、
「献立、毎日のことですからね、億劫になりますよね」
そして、淹れたてのコーヒーを健二に差し出しながら言う。
「今日はこのドリッパー『フラワーDEEP27』で淹れてみました。香り高く、甘みをより感じやすいのです。一口飲むと、不思議と頭の中がクリアになるような気がするんですよ」
マスターは続ける。
「献立を考えるときって、ゼロから『何を作ろう』と考えるから、疲れてしまいますよね。でも、時には『何を食べるか』の考える前に、『何で食べるか』と考えることも大切なのかもしれません」
「そんな考えはしたことがなかったです!たしかにスーパーで『この食材でなに作ろう』と先に決めるのも楽しいかもしれない……」
「いちどコーヒーでリラックスしてから、また考えましょっか」
目の前のコーヒーの香りが、忙しい一日の終わりに深呼吸を促すように、頭の中の雑念を払うような空間に仕立ててくれる。
一杯のコーヒーがくれた、ささやかな自由
健二はコーヒーを一口飲む。
芳醇な香りが鼻に抜け、優しい苦味と甘みが口の中に広がる。
マスターの言葉を思い出しながら、もう一口。
大げさな料理はしないけれど、このコーヒーがあるだけで、今日の食事が「義務」から「楽しみ」へと、少しだけその色合いを変えてくれそうだ。
コーヒーを飲み終え、健二は少し明るい顔で立ち上がる。
「マスター、ありがとうございます。このコーヒーのおかげで、なんだか今日の夕食は良いものになりそうです」
GURI COFFEEを出て、健二はゆっくりと歩き出す。
いつものスーパーに直行するのではなく、まずは空を見上げ、今日の自分の気分に耳を傾けてみる。
すると、いつもより心が軽く、献立を考えることへの抵抗感が薄れていることに気づく。
今日の気分に合わせた、最高の「一杯」が、これから見つかるかもしれない。
一杯のコーヒーが、いつもの夕食の時間を、ささやかな冒険へと変えるきっかけをくれたのだ。